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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)7831号 判決

原告 竹村健一

〈ほか三名〉

右原告ら訴訟代理人弁護士 平野耕司

右訴訟復代理人弁護士 飯塚義次

被告 遠藤哲

同 大坪武治

右被告ら訴訟代理人弁護士 真木幸夫

主文

被告らは各自、原告竹村健一、原告橋口秀之及び原告斉藤実太郎に対しそれぞれ一一五万円、原告阿部写真印刷株式会社に対し二三〇万円並びに右各金員に対する被告遠藤哲は昭和五一年九月二六日以降、被告大坪武治は同年同月二二日以降各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らの被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告ら

1  被告らは各自、原告竹村健一、原告橋口秀之及び原告斉藤実太郎に対しそれぞれ一二七万円、原告阿部写真印刷株式会社に対し二四七万円並びに右各金員に対する昭和四九年九月四日以降各完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決

二  被告ら

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決(ただし、2は被告遠藤のみ)

第二当事者双方の主張

一  請求原因

1  被告らは、昭和四八年一一月三〇日から昭和五一年三月二五日までの間、ゴルフ場の経営、管理等を営業目的とする訴外株式会社インターナショナル・エージェンシー(以下「訴外会社」という。)の取締役に就任していたものであり、被告遠藤はその間代表取締役の地位にあったものである。

2  訴外会社は、昭和四九年三月頃、「富士景ヶ島カントリー倶楽部」の名称のもとに、静岡県裾野市葛山地内に一八ホールのゴルフ場(以下「本件ゴルフ場」という。)を開設して、これを経営することになった。

3  本件ゴルフ場用地約九九万平方メートル(約三〇万坪)はすべて借地によって賄う計画であったが、右当時、その用地確保の見通しも立たない状況にあり、しかも、被告らはゴルフ場経営についての知識も経験もなく、かつ、約九億円と見込まれる建設資金の調達についても全く裏付けがなく、したがって、本件ゴルフ場が完成して会員となった者にプレーする場を提供できる見込みも可能性も全くなかったにもかかわらず、被告らは、同年四月頃から会員の募集を開始した。右募集に当たって、被告らは、既に用地の確保はすべて完了したこと、本件ゴルフ場開設については、昭和四八年九月裾野市の事前審査認可、昭和四九年七月静岡県の事前審査認可を経て、同年八月には設計の協議を開始しており、同年一一月までには県の本審査が認可となる予定であること、発起人、賛同者として国会議員、裾野市長など多数の著名人がいることから経営の基盤が安定していること、設計者及び施工業者も既に決まっており、同年一一月には工事に着手し、昭和五一年初頭には工事完成、同年八月には一八ホール正式オープンの予定であること等を記載した事業計画書、パンフレット、募集要項を大量に印刷して配布し、ゴルフ会員券業者である訴外株式会社トライバーディ社(以下「トライバーディ社」という。)等を通じて会員募集を行った。

4  原告らは、右事業計画書等に基づくトライバーディ社の説明を信用して、同会社の斡旋により、原告竹村は同年九月四日、原告橋口は同年八月二〇日、原告斉藤は同月一三日、それぞれ入会保証金一〇〇万円を訴外会社に支払って、右倶楽部の個人正会員となり、また、原告阿部写真印刷株式会社(以下「原告阿部写真印刷」という。)は同月一九日入会保証金二〇〇万円を訴外会社に支払って、法人正会員の資格を取得した。

5  ところが、訴外会社は、昭和五〇年暮れになっても本件ゴルフ場の建設に着手しないばかりか、当初確保ずみと説明していた用地の確保もしておらず、静岡県の本審査も経ていないこと、更に、当初一、三〇〇名募集の予定であった会員もわずか三五名しか募集しておらず、資金的にも、用地確保の面からも、本件ゴルフ場の開設は、当初予定の昭和五一年八月はおろかその後何年を経ても、全く実現不可能であることが明らかとなった。

6  そこで、原告らは訴外会社に対し、昭和五一年五月一八日各入会契約解除の意思表示をするとともに、それぞれが支払った入会保証金の返還を催告し、右催告は同月二〇日訴外会社に到達したが、訴外会社は、既に同年二月六日銀行取引停止処分を受けて事実上倒産し、その後何らの営業活動も行っていないことが判明した。

7  被告らは、訴外会社の取締役として、本件ゴルフ場のような大規模で特殊な事業に着手しこれを推進するに当たっては、豊富な経験と知識を有するスタッフを用意するとともに、確たる資金面の裏付けをもってその任に当たるべきであるのに、これらを全く欠いたまま、単に会員募集によって得られる入会保証金だけを資金のあてにして右事業を開始し、前記のような不実の内容の宣伝をして会員を募集したばかりでなく、用地確保についての地主との交渉や関係官庁に対する認可申請手続を自ら行うことなく、地元関係者任せにするなど漫然たる経営態度に終始した結果、前記のように、用地の確保すらできず、結局本件ゴルフ場の開設を実現できなかったのであって、被告らには訴外会社の取締役としての職務を行うにつき悪意又は重大な過失があったというべきである。

8  しかして、原告らは、被告らの取締役としての右職務懈怠により、前記入会保証金相当額の損害を被ったほか、被告らに対する本件訴訟を提起するについて東京弁護士会所属の平野耕司弁護士に訴訟委任し、同弁護士会報酬規程所定の標準額による謝金及び手数料を依頼の目的を達すると同時に支払うことを同弁護士に約したので、右弁護士費用すなわち原告竹村、原告橋口及び原告斉藤についてはそれぞれ二七万円、原告阿部写真印刷については四七万円は、被告らの右職務懈怠と相当因果関係のある損害というべきであるから、被告らは、商法二六六条の三第一項前段により、連帯して右損害を賠償すべき義務がある。

9  よって、被告らに対し、原告竹村、原告橋口及び原告斉藤はそれぞれ一二七万円、原告阿部写真印刷は二四七万円並びに右各金員に対する昭和四九年九月四日以降各完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の連帯支払いを求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1及び2の事実は認める。

2  同3のうち、本件ゴルフ場用地約九九万平方メートル(約三〇万坪)をすべて借地によって賄う計画であったこと及び事業計画書、パンフレット作成の事実は認めるが、その余の事実は否認する。

3  同4のうち、原告らが右事業計画書等に基づくトライバーディ社の説明を信用したとの点は否認するが、その余の事実は認める。

4  同5及び6の事実は認める。

5  同7は争う。

6  同8のうち、原告らが平野弁護士に訴訟委任した事実は認めるが、その余は争う。

7  同9は争う。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求原因1、2の事実及び原告らがその主張の日にその主張の金額の入会保証金を訴外会社に支払って「富士景ヶ島カントリー倶楽部」の会員となった事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  次に、《証拠省略》によれば、訴外会社の専務取締役であった被告大坪は、昭和四八年春過ぎ頃、静岡県裾野市に住む訴外坂田明洋翁から、地元に土地を保有している地主や友人で九ホール程度のゴルフ場を建設する計画があるが、法人が事業主体となることが望ましいので、訴外会社の名義を貸してもらいたい旨の申入れを受け、被告遠藤らと協議した結果これに応じることになり、同年七月裾野市に対し訴外会社名義で事前審査の申請をし、同年九月その認可を得たこと、右ゴルフ場の用地はすべて借地によって賄う計画とされていたところ、同年末ないし昭和四九年初め頃、土地の借り増しができる可能性が出てきたので一八ホールとして建設したい旨の申入れが地元関係者からあり、被告らにおいてトライバーディ社の林秀郎に相談するなどして検討した結果、訴外会社が実質的な事業主体となって本件ゴルフ場を建設することになり、昭和四九年三月一一日、定款を変更して、ゴルフ場の経営・管理を訴外会社の事業目的に追加したこと、被告らは、当時ゴルフ場建設についての知識も経験もなく、本件ゴルフ場用地約九九万平方メートル(約三〇万坪)については既に地主から賃貸についての承諾を得ている旨の地元関係者の説明をそのまま信じ、また、建設資金についても、通常ならば一ホール当たり五、〇〇〇万円ないし一億円を要するが、本件ゴルフ場の場合は掘野市が芝の産地であることなどから一ホール当たり三、〇〇〇万円程度ですみ、しかも造成工事を行う地元の業者から工事代金の延払いについて協力が得られるので、建設工事に並行して募集する会員からの入会保証金だけで十分建設資金を賄うことができる旨の地元関係者らの説明を鵜呑みにして、訴外会社としては何ら独自の資金計画を立てなかったこと、しかして被告らは、同年春頃、事業計画書、パンフレット及び募集要項を大量に印刷し(事業計画書及びパンフレット作成の事実は、当事者間に争いがない。)、トライバーディ社等を通じて特別縁故会員の募集を開始したこと、右事業計画書、パンフレットには、本件ゴルフ場用地約九九万平方メートルの全部について地主との間で賃貸借契約済みであること、本件ゴルフ場建設に必要な許認可に関しては、昭和四八年九月裾野市の事前審査認可、昭和四九年七月静岡県の事前審査認可、同年八月設計協議開始を経て、同年一〇月ないし一一月には本審査認可の予定であること、コース設計者及び施工業者も既に決定しており、同年一一月には工事に着手し、昭和五一年初頭には工事完成、同年八月に一八ホール正式オープンの予定であること等が記載されていたこと、本件ゴルフ場に関しては、昭和四九年七、八月頃静岡県の事前審査認可が得られたものの、本審査認可前にもかかわらず大がかりな会員募集が行われていることに対して静岡県から警告が発せられたため、同年九月頃以降会員募集を中止するのやむなきに至ったこと、このため訴外会社は、たちまち建設資金に窮し、同年一一月四、〇〇〇万円の増資をしたものの事態は好転せず、昭和五〇年春頃には本件ゴルフ場の建設を断念したこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。しかして、請求原因5及び6の事実は、当事者間に争いがない。

三  以上の事実によれば、被告遠藤は訴外会社の代表取締役として、被告大坪は専務取締役として、本件ゴルフ場建設のような、大規模で専門的知識と多額の資金を要し、しかも多数の者の利害に係る事業に着手し、これを推進しようとするときは、その成否につき事前に十分な調査研究を遂げたうえ、建設運営資金の調達につき客観的で合理的な裏付けをもった計画を確立してことに当たるべきであるのに、これらを全く欠いたまま、用地確保及び建設資金に関する地元関係者らの説明を鵜呑みにし、会員募集によって得られる入会保証金のみをあてにして、本件ゴルフ場建設事業を開始したものというほかなく、その結果、用地の確保すらできないまま右事業を断念するに至ったもので、被告らには訴外会社の代表取締役又は専務取締役としての職務を行うにつき重大な過失があったものというべきである。

したがって、被告らは、商法二六六条の三第一項前段により、連帯して、原告らが被った損害を賠償すべき義務がある。

四  そこで、進んで損害の点について判断するに、被告らの取締役としての右職務懈怠により、原告らが、それぞれ出捐した前記入会保証金相当額の損害を被ったことは明らかである。また、原告らが、被告らに対する本件訴訟を提起するにつき原告ら訴訟代理人平野耕司弁護士に訴訟委任した事実は、当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、原告らが同弁護士に対し、同弁護士の所属する東京弁護士会の報酬規程所定の基準額による報酬の支払いを約した事実が認められる。しかして、本件事案の難易、請求額、認容額その他本件にあらわれた諸般の事情を斟酌して、原告らが同弁護士に支払う報酬額のうち、原告竹村、原告橋口及び原告斉藤については各一五万円、原告阿部写真印刷については三〇万円を、被告らの前記職務懈怠と相当因果関係がある損害として、被告らにその賠償を命ずるのが相当である。

五  以上の次第で、被告らは、連帯して、原告竹村、原告橋口及び原告斉藤に対しそれぞれ一一五万円、原告阿部写真印刷に対し二三〇万円並びに右各金員に対する本件訴状送達の翌日(被告遠藤については昭和五一年九年二六日、被告大坪については同年同月二二日)以降各完済に至るまで民事法定利率年五分の割各による遅延損害金を支払う義務がある。原告らは、昭和四九年九月四日以降各完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求めているが、前記法条による取締役の第三者に対する損害賠償義務は、法律によって特別に定められた責任であると解されるから、履行期の定めのない債務として成立し、債務者が履行の請求を受けた時に遅滞に陥るものと解すべきであり(なお、同法条による責任を負うべき取締役が複数ある場合の各取締役の債務は不真正連帯債務であると解されるから、民法四三四条の適用はないものと解するのが相当である。)、また、右債務は商行為によって生じたもの又はこれと同視すべきものとは解されないから、商事法定利率の適用はないというべきである。

六  よって、原告らの被告らに対する本訴各請求を主文第一項の限度で認容し、その余をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 魚住庸夫)

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